年の厄男達が家内安全・商売繁盛・交通安全などを祈願し、
また、厄年男の厄を払う目的で、毎年1月14日に地区の家庭を練り歩く行事です。
いつの時代から始まったかはわかりませんが、南九州を中心に行われています。
餅勧進は年男を厄病神として奉ります。
白いお化粧を施すのはこれは自分を疫病神ではなく「福の神」と人々を騙すために
化粧をします。
夕方から鐘や太鼓などを鳴らしながら各家庭を訪問します。
鐘や太鼓を鳴らしながら玄関の戸をあけて、家の中で踊りまくります。
餅勧進は家内の人とは絶対話をしません。なぜなら、自分が疫病神だということが
バレてしますからです。
家の中では、焼酎などでもてなされますがはじめから家の人たちは、疫病神だと知って
いるわけです。疫病神を追い払うために、餅など(現在は焼酎・お金)
を持たせて追い返します。
疫病神はお礼に、家内安全・交通安全を祈願した「お札」と「ほうき」を置いて帰ります。
なぜ「ほうき」かというと、厄男の厄を払うという目的と、家の中の悪いものを
はき出す意味があります。また、新築の家は疫病神を払うために必ずといって
よいほど訪問します。
(S52西小林中学卒業同窓会HPより抜粋)
<22年1月15日の「おやっとさー」抜粋>
1月14日は「餅勧進」の日です。
吉松では近年、還暦を迎えた年代の人たちが厄払いをするた
めに厄病神になって、主に新築の家を仮装して訪問する風習
が始まりました。上記記録画像は4年前に「餅勧進」にきていただいたものです。
来年はいよいよ「よんご会」の番です。
面をかぶったら恥ずかしくないので、是非遠方からも帰って
きて踊ってくださいね。
下記に「勧進」「餅勧進」について検索しましたので付記さ
せていただきました。
勧進(かんじん)とは
仏教の僧侶が衆庶の救済のための布教活動の一環として行わ
れる行為の1つである。
その内容としては直接民衆に説いて念仏・誦経などの行為を
勧める者や寺院・仏像などの新造あるいは修復・再建のため
に浄財の寄付を求める者がいたが、中世以後には後者の行為
を指すことが一般的となった。
熊本県球磨郡で歌われた五木の子守歌に
おどま
かんじん かんじん あん人たちゃ よかしゅ よかし
ゃ よかおび
よかきもん
という歌詞が出てくる。ここに出てくる「かんじん」とは勧
進のことであり、ここでは「物乞い」「乞食」という意味で
用いられている。歌の意味は「私は乞食のようなものだ。
(それにくらべて)あの人たちは良か衆(お金持ち、旦那
衆)で、良い帯を締めて立派な着物を着ている」となる。
餅勧進とは
厄年にあたる男女が行う厄払いの行事で、無病息災、家内安
全を祈願する正月の伝統の祭り。
厄年の男女を中心に4〜5人のグループが、顔はおしろいと
頬紅、蓑(みの)をまとい、もんぺに、草鞋履きといった、
誰か見分けがつかないように変装して友人や親類の家を訪れ
て躍りなどして騒ぎまわる。
訪問を受けた家ではお礼に餅を差し出すのが習いになってい
るが最近では金銭のご祝儀や焼酎なども振舞う。
日没後から夜中の10時頃まで、100軒近く回って厄払い
をする。
参照付録 平成16年餅勧進 平成23年餅勧進 餅勧進を成功させるには