<吉松の由来> 吉松は昔、筒羽野村といって日向の国内であった。建久8年(1198年)の図伝張に「筒羽野四拾八町五反歩伝伝」とあり、東向山光照院神宮寺(箱崎八幡宮)にあった永徳元年(1381年)8月25日の鐘名にも「大隅筒羽野村」とあったとの記録がある。 筒羽野村の由来 その後、天正年間(1573~1591年)の初め島津義弘が今の「吉松」に改名したということで、今から440年前のことである。そのいわれについては、鶴丸の菅原神社蔵「亀岡天満宮歴代旧記」にしるされていて、義弘が一時仮住まいした鶴亀城の左右に鶴丸と亀沢の地名、また西の方に竹田村があり、鶴亀松竹は縁起のよいものとされているが、菅原道真の遺言にも「自分が宿った所には必ず松を植えよ。」とあり、 この地を「吉松」と改め、この地が長く栄えることを願ったものである。 往古は日向の国、飯野以西を真幸院五ヶ郷と言い、その中の一郷であり島津藩に属していた吉松郷は、鶴丸村、中津川村、川添村、川西村、般若寺村の五つの村で形成されていた。明治5年廃藩置県により都城県の管轄となり桑原郡(ごおり)に属し、明治6年都城県が廃止され桑原郡吉松郷は鹿児島県の管轄に入り、明治21年町村制実施により吉松村に、明治30年桑原郷の廃止により姶良郡に編入、昭和の時代に入り昭和28年2月11日に吉松町に、平成17年3月栗野町と合併湧水町になった。参照<吉松町40周年記念誌> 詳細は→ 吉松の由来 <栗野の由来> 三国名勝図会では栗野のいわれを 本府の北方、12里半余、地頭館(やかた)小羽村にあり、 往古の文書、建久8年(1197)大隅の国図伝帳に栗野院と記せり。・・・・ 日向風土記・・・和銅6年(713年)及び延長3年(925年)・・には 俗語に謂う区児・栗とす云々。・・・・ 古事記・・・和銅5年(712) 日本書紀・・・養老4年(720)には 霧島山を槵觸峰という、槵觸峯の麓なれば 槵觸野と呼びし 槵と栗と同じなれば 字を入れ替えて 栗觸野(くりふしの) 栗野といへるならん。 詳細は→ 栗野の由来 |
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参考文献 「吉松郷土誌」「栗野町郷土誌」「考古学書」「インターネット」「機関誌”つつはの”」 2020(令和2年)編集終了
※ 赤字は旧栗野町
西暦 | 日本歴 | できごと | 年代 | 日本と世界のできごと | |
34万年前 | 加久藤カルデラの形成 栗野岳の出現 霧島ジオパークとは |
吉松から見える山々
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人類発祥 (約20万年)前から 3万年前 |
前期 | 旧石器 |
握斧(あくふ)を使用 | ||
3万年から 1万3千年前 |
後期 | 氷河期の終わり |
石刃(せきじん)・尖頭器を使用 | ||
1万3千年から 1万年前 |
晩期 | 石器出土状況 BC8000 栗野牛瀬戸・木場 BC6000 吉松永山石打・須行 |
細石器を使用 | ||
1万3千年から 紀元前3世紀 |
草創期 早期 前期 中期 後期 晩期 |
縄目模様土器・磨製石器・弓矢 を使用 |
縄文 | 狩猟・漁労・植物の採集・料理貝塚 | |
紀元前2世紀 | |
弥生 | 農耕(水田耕作)を主とする 青銅器・鉄器を使用 倭奴国、金印を授受 卑弥呼と邪馬台国の出現 |
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紀元前1世紀 | |||||
1世紀 | |||||
2世紀 | |||||
3世紀 | 前期 中期 後期 終末期 |
永山古墳群(地下式板積石室) えびの市島内地下式横穴墓群 国指定重要文化財 |
古墳 | 大和王権と前方後円墳 須恵器(すえき) 祝部土器(いわいべ土器) 土師器(はじき)の発達 土師器 鉄器農具普及 倭の5王、南朝に遣使 魏志倭人伝 |
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4世紀 | |||||
5世紀 | |||||
6世紀 | 大和飛鳥 | ||||
7世紀 | |||||
708 | 和銅元年 | 国分正八幡宮建立(鹿児島神宮) 勝栗神社は分社 |
奈良 | 766 道鏡法王となる | |
769 |
和気清麻呂伝説 | 769 和気清麻呂大隅に配流される |
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910 ~1007 | 延喜・寛弘 | 天台宗・性空上人 般若寺を創立 |
平安 | 794 平安京遷都 | |
1186 | 文治年間 | 相模国山伏愛甲忠雄、島津に伴い鎌倉より当地に来る | 1185 壇ノ浦 | ||
1197 | 建久 8 | 図田帳に「筒羽野48町5反伝々」とあり 筒羽野村の始まり | 鎌倉 | 1192 鎌倉幕府(源 頼朝) | |
1203 北条時政・執権 | |||||
1224 親鸞(浄土真宗) | |||||
1274 文永の役(蒙古) | |||||
1321 後醍醐天皇 | |||||
南北朝 | 1324 徒然草 | ||||
1336 | 建武 3 | 足利尊氏、般若寺を本陣とす 「日に向かう」「吾妻より」 歌2首 足利尊氏、亀鶴城に参拝 「あめつちの おさめるためし・・・」 「あめつちの なぶけまかする・・・」 唄2首 |
1334 建武の新政 | ||
1339 | 歴応 2 | 稲葉崎黄金塔建立・その後栗野周辺の供養群立つ | |||
1345 | 貞和年間 | 箱崎八幡神社は光明天皇の勧請による | 足利尊氏 | ||
1349 | 貞和 5 | 亀岡天神社の草創 | |||
1350 | 観応年中 | 尊氏、般若寺の本堂を寄進 | |||
1352 | 文和元 | 島津貞久、氏久に命じて栗野北里城を攻落す | |||
1354 | 文和 3 | 亀岡天神社、大神元義再興 | |||
1359 | 正平14 | 田尾原供養塔建立 | |||
1381 | 永徳元年 | 光照院の鐘名に「大隅国筒羽の村」とある | 1392 南北朝の合一 | ||
1382 | 永徳 3 | 熊野神社の水天建立 | 室町 | 1397 義満、金閣寺 | |
1457 江戸城太田道灌 | |||||
1470 | 分明2 | 北原貴兼、勝栗神社を再興 | 1467 応仁の乱 | ||
1489 義政、銀閣寺 | |||||
1535 | 天文4 | 島津勝久、般若寺に来り、北原氏の庇護求む。義弘公生まれる | 1543 種子島鉄砲伝来 | ||
1543 | 天文12 | 諏訪御由来之絵縁起 | |||
1545 | 天文14 | 青山佐渡守照続、南方神社を建立 | 1549 キリスト教ザビエル | ||
1562 | 永禄 5 | 北原兼親、栗野・横川を取る | |||
1564 | 永禄 7 | 北原兼親 吉松亀鶴城を島津氏に返上 島津義弘が 飯野城真幸院の領主となる29歳 |
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1569 | 永禄12 | 島津貴久と義弘、般若寺に三王宮を寄進 | 1560 桶狭間の戦い | ||
1570 | 元亀 元 | 亀岡天神社、亀鶴城二ノ丸より遷座(現在の菅原神社) | 島津義弘と湧水町 | ||
元亀年間 | 玉泉寺、火災により由緒帳焼失 | ||||
1572 | 元亀 3 | 木崎原合戦。伊東氏、島津義弘に敗れる | |||
1574? | 天正年間間 | 島津義弘、「吉松」と改める |
1573 室町幕府滅ぶ | ||
亀鶴城 | ◆二の丸の亀城は亀鶴城の北側にありました。亀岡天神社は鎮守。現在の菅原神社 1570年 ◇本丸の鶴城は亀鶴城の南側にありました。鶴岡正八幡社は鎮守。(現在の鶴丸八幡神社) 1616年 |
戦国 安土桃山 |
1575 長篠の戦い | ||
1582 本能寺の変 | |||||
1586 秀吉、豊臣の性をうける | |||||
1588 秀吉、刀狩り令を出す | |||||
1590 | 天正18年 | 義弘公 栗野松尾城に移る 55歳 | |||
1592 | 文禄元年 | 「文禄の役」 勝栗神社に詣でる 磨欲踊りと和歌 |
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1595 | 文禄 4 | 朝鮮より陶工を連行、城山に登り窯薩摩焼きの発祥(文禄説) 栗野より帖佐に移城 |
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1597 | 慶長 2 | 帖佐より「慶長の役」出陣 | 1597 慶弔の役と秀吉の死 | ||
1598 | 慶長 3 | 陶工を連行 薩摩焼の発祥(慶長説) |
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1600 | 慶長 5 | 関が原の戦いで西軍に組し中央突破(65歳) | 江戸 | 1600 関が原の戦い 1603 家康、江戸幕府開く |
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1616 | 元和 2 |
鶴岡正八幡社、亀鶴城本丸より遷座(現在の鶴丸八幡神社) | 1615 大阪夏の陣、豊臣滅ぶ | ||
1619 | 元和 5 | 義弘公 加治木で没す 85歳 | |||
1660 | 寛文 6 | 北方新田開通 | 1633 鎖国令 | ||
1688~不詳 | 元禄年間 | 蛇行した川内川を現在の姿に改修(中津川~川添) |
1651 家綱4代将軍 | ||
1697 | 元禄10 | 南方神社焼失 | 1687 綱吉、生類憐れみの令 | ||
1703 | 元禄16 | 渋江市左衛門、土地等継帳等改正 浅野家臣「宍戸鉄舟」当地に来る。↓ 吉松教育の始まり(詳細はここで) |
1702 赤穂浪士のあだ討ち | ||
庚申信仰について | 1716 将軍吉宗と享保の改革 | ||||
1756 | 宝暦6年 | 庚申塔(青面金剛)場所→中津川 | 1745 将軍家綱 | ||
1764 | 明和 | 愛宕神社勤請によるものなり | 1767 田沼意次時代始まる | ||
1772 |
明和9年 | 田の神の発祥 | 1774 杉田玄白「解体新書」 | ||
1787 松平定信「寛政の改革」 | |||||
1827 薩摩藩財政改革に着手 | |||||
1830 | 天保年間 | 藩家老、調所廣郷勧業の復興を図る | 1832 天保の大飢饉 | ||
1864 | 元治1 | 栗野のに通じる阿波道完成 | |||
1865 | 慶応初年 | 亀鶴城廃城・ 中津川新町に移住者 |
1853 ペリー来航 | ||
1865 | 慶応初年 | 西目地方住民を楠辺に移住させる | 1863 薩英戦争・リンカーン奴隷解放 | ||
1866 | 慶応2 | 暴風雨楠辺を壊滅 | 1867 大政奉還・江戸幕府滅ぶ | ||
1868 | 明治1 | 吉松郷の刷新は地頭高崎兵部による | 明治 | 1868 鳥羽伏見の戦い | |
1870 | 明治2 | 廃仏毀釈により町内の仏閣は廃棄される | 1869 版籍奉還で首都東京 | ||
1871 | 明治3 | 「正若宮」は勝栗神社に変更 | |||
1872 | 明治5 | 学制頒布。旧仮屋を廃して学校と称す | 1871 廃藩置県・郵便制度整備 | ||
1873 | 明治6 | 廃藩置県により都城に属す | 1872 学生制度・鉄道開通 | ||
1874 | 明治7 | 吉松郷鹿児島県に編入 吉松郵便役所発足・栗野郵便局業務開始 |
1873 徴兵令・地租改正 | ||
1876 | 明治9 | 筒羽野疏水完成 栗野小学校創立 |
1877 西南の役始まる | ||
1878 | 明治11 | 川添小学校、川西小学校設立 老谷・稲葉崎・植村小学校創立 |
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1881 | 明治14 | 清滝神社に招魂社建立 幸田小学校創立 |
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1883 | 明治16 | 吉松小学校中津川に新設 | |||
1885 | 明治18 | 吉松郵便局、貯金取り扱い開始 | 1885 内閣制度ができる | ||
1888 | 明治21 | 町村制により郷ヲ村に、村を大字に改称 | 1889 大日本帝国憲法発布 | ||
1896 | 明治29 | 各大字に区長制を設ける | 1894 日清戦争始まる | ||
避病舎を建設 | |||||
1897 | 明治30 | 桑原郷を廃し、姶良郡に編入 | |||
1901 | 明治34 | 国見小学校開設 | |||
1903 | 明治36 | 鬼塚兼信「吉松古蹟考」著す | 1904 日露戦争起こる | ||
吉松駅の開業・栗野駅の開業 | |||||
1907 | 明治40 | 栗野役場現在地へ移転 | |||
1909 | 明治42 | 肥薩線開通 老谷小学校を水窪に移転改築し、上場小学校と改称 |
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1914 | 大正3 | 桜島大爆発 | 大正 | 1920 第1回国勢調査 | |
1919 | 大正8 | 栗野発電所完成(阿波井堰) | |||
1921 | 大正12 | ヒガンザクラ天然記念物に | |||
1929 | 昭和4 | 尋常高等小学校校歌(御空を翔る | |||
1932 | 昭和7 | 吉松橋吊式鉄橋完成 栗野町制実施 10,261人 2,106戸 |
昭和 | 1931 満州事変勃発 | |
1935 | 昭和10 | 吉松郵便局で公衆電報開始 | |||
1938 | 昭和13 | 三日月池ノハナショウブ天然記念物指定 |
1937 山野線宮之城線開通 | ||
1945 | 昭和20 | 終戦 | |||
山神第2トンネルの悲劇 | 1946 農地改革 | ||||
1947 | 昭和22 | 隼人高校吉松文教場発足 | |||
昭和22 | 栗野岳分校、栗野中学校、栗野西中学校開設 | ||||
1948 | 昭和23 | 吉松中学校第1回卒業生82名 | |||
昭和23 | 栗野高等学校開設 | ||||
1951 | 昭和26 | よんご人類の誕生 |
1951 ルース台風来襲 | ||
1952 | 昭和27 | ●鹿児島刑務所沢原へ ●中学校校歌制定(さ霧はれゆく |
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1953 | 昭和28 | 町制施行式典挙行 | 1953 NHK放送開始 | ||
1956 南極観測隊「宗谷」出航 | |||||
関門トンネル完成 | |||||
1958 東京タワー完成 | |||||
1959 | 昭和34 | 小学校入学 | 1959 皇太子ご成婚・カラーテレビ | ||
裸足のアベベ話題に | |||||
1660 | 昭和35 | 町水道工事竣工 | 1961 有人宇宙船成功(ガガーリン | ||
1962 | 昭和37 | 吉松・栗野小学校完全給食実施 | 1962 坂元 九「上を向いて歩こう」 | ||
7地区公民館発足 | |||||
1963 | 昭和38 | 魚野キャンプ場開場 上場小学校完全給食開始 |
1964 東海道新幹線開通 | ||
1964 | 昭和39 | 小学校卒業 ペンギン池の設置 | 1964 オリンピック東京大会 第1回NHK紅白歌合戦放送 | ||
1965 | 昭和40 | 鶴丸・中津川・川添の土地改良整備始まる 轟小、幸田小、栗野中給食開始 |
1965 鉄腕アトム連載開始 | ||
1966 | 昭和41 | 柿木橋竣工 | 1965 米国が北ベトナムを北爆 | ||
1967 | 昭和42 | 中学校卒業 中鶴橋竣工 栗野両中学校を東郷 |
1966 ビートルズ来日 | ||
1968 | 昭和43 | えびの・吉松地震・ 鉄筋の吉松駅庁舎完成 23 |
1968 3億円強盗事件 | ||
1969 | 昭和44 | 中学校鉄筋校舎完成(3660万円) 栗野中体育館完成 国見分校開校 |
1969 アポロ11号月面に着陸 | ||
1970 | 昭和45 | 高校卒業 栗野・吉松の農村集団電話開通 |
1970 日本万博開催 | ||
1971 日航機「よど号」ハイジャック | |||||
1972 沖縄返還・浅間山荘事件 | |||||
1973 | 昭和48 | 町制20周年式典(吉松) | 1973 石油ショック | ||
1975 | 昭和49 | 大口市外3町消防組合業務開始 | 1975 女性党首 サッチャー就任 | ||
1976 | 昭和51 | 日本楽器鹿児島工場操業 | 1978 王 貞治756号の世界新 | ||
1979 | 昭和54 | 川添改善センター落成 | 1979 スリーマイル島原発事故 | ||
1981 | 昭和56 | 九州自動車道えびの栗野間開通 | |||
1985 | 昭和60 | 丸池湧水が名水百選に認定 |
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1986 | 昭和61 | 鹿児島刑務所中津川沢原に移転 | 1986 国鉄が民営化されJRとなる | ||
1988 | 昭和63 | 山野線廃線 | |||
1989 | 昭和64 | 役場新庁舎業務開始 | 1989 天皇崩御、平成となる | ||
1991 | 平成元 | 栗野岳分校閉校 | |||
1990 | 平成2 | 誘致企業「タテノ」「スカラー」創業開始 | 平成 | 1989 ベルリンの壁崩壊・冷戦の終結 | |
1992 | 平成4 | 第1回吉松カップパラグライダー大会開催 | 1992 育児休業法施行 | ||
1994 | 平成6 | 魚野パラグライダー基地完成 | 1994 向井千秋さん宇宙へ・ | ||
1995 | 平成7 | 総合体育館完成 | インターネットの時代がくる | ||
1997 | 平成9 | 台風19号被害 | 1997 ダイアナ妃事故死 | ||
1998 | 平成10 | 物産館・ゆったり館オープン | 1998 地球温暖化の現象現る | ||
1999 | 平成11 | 椋鳩十文学碑設立 | |||
2000 | 平成12 | 塵の分別収集開始 よんご会HP開設 竹中池湧水有機生産組合設立 栗野ふるさとバス運行開始 |
2000 2千円札の発行 | ||
2003 | 平成15 | 吉松駅100歳記念行事 | 2003 米軍がイラクに侵攻 | ||
2004 | 平成16 | 特急「はやとの風」 & 新幹線つばめ発信 |
2004 九州新幹線開通 (八代~鹿児島) |
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SL会館オープン | 1万円・5千円・千円がNEWに | ||||
2005 |
平成17 | 3・22 栗野町と合併して「湧水町」に |
2005 郵政選挙・小泉チルドレン | ||
2006 | 平成18 | 7・22 鹿児島県北部大水害(400戸冠水) |
2006 北朝鮮ミサイル発射・核実験 | ||
2007 | 平成19 | 2・11 栗野・吉松両郵便局の集配統合 | 2007 郵政民営化 | ||
2008 | 平成20 | 吉松駅の石倉・機関車&暗渠群 近代化産業遺産に認定 |
北京オリンピックが開幕 アメリカ大統領選挙でバラク・オバマ氏が当選 |
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2009 | 平成21 | 丸池「さいらい橋」完成 | 北朝鮮が「弾道ミサイル」を発射 裁判員制度がスタート 歌手のマイケル・ジャクソンさんが急死 衆議院総選挙投開票 民主党が歴史的勝利 |
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2010 | 平成22 | 栗野工業62年の歴史に幕 4/20 宮崎に口蹄疫発生 |
尖閣諸島で中国漁船が巡視船に衝突 小惑星イトカワから「はやぶさ」が帰還 北朝鮮の指導者、金正恩氏に |
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2011 | 平成23 | 10/8 近代化遺産となるか ①栗野発電所 ②阿波井堰特報 |
九州・霧島の新燃岳が噴火 東日本大震災 ユッケによる集団食中毒事件が発生 |
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2012 | 平成24 | 10/27 阿波井堰改修工事始まる4.6 4/2 肥薩線を世界遺産に |
山中教授 IPS 細胞でノーベル賞受賞 国内初の格安航空会社「ピーチ」が運航開始 東京スカイツリーが開業 尖閣諸島を国有化 |
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2013 | 平成25 | .3 湧水町3大桜まつり 4/14 町長・町議会選挙結果 11/24 稚児行列(円乗寺) 12 駅前に屋台村出現 |
長嶋茂雄氏と松井秀喜氏に国民栄誉賞 LINEの利用者が1億人を超える 中国からの大気汚染「pm2.5」 富士山が世界文化遺産 |
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2014 | 平成26 | 2/.21 県北部豪雨災害標柱を設置 5/.31 川添ホタルを観る夕べ始まる | 消費税8%スタート 田中投手がヤンキースで大活躍 全米テニスで錦織圭が準優勝 世界文化遺産に「富岡製糸場」 |
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2015 | 平成27年 | 3/.22 町制10周年 3/25 川西に巨大なメガソーラー (ゴルフ場跡) 11/7・8 国文祭 チエンソー全国大会 11/23 栗野中学校生徒 秋祭りに武者行列(義弘公) |
安全保障関連法が成立 北陸新幹線開業、東京-金沢間 芥川賞をお笑い芸人の又吉直樹が受賞 マイナンバー制度がスタート |
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2016 |
平成28年 | 3/20 阿波井堰完成 ●川添太鼓踊 ●川添俵踊 3/16 アーモンドによる地域創成 4/14 熊本地震発生!! 10/ 1 湧水町町民歌 湧水音頭 発表 12/23 栗野磨欲踊復活 |
ポケモン GOの日本配信開始 熊本県益城町にて震度7 18歳選挙権施行 オバマ米大統領、歴史的な広島訪問 |
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2017 |
平成29年 | 1/10~2/13 高野路遺跡発掘調査 3/15~ 徳元寺蓮池跡発掘調査 7/ 湧水町観光大使紹介 9/7 湧水町より和牛日本一誕生 12/4 御楼門にケヤキ15本寄贈 |
トランプ大統領就任 文在寅氏 韓国大統領就任 稀勢の里 横綱昇進 |
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2018 | 平成30年 | 2/21 えびの吉松地震から50年 4/19 硫黄山噴火 5/14 硫黄山噴火で水稲作付中止 12/1~2 オリックス・バファローズ監督・西村 徳文氏が講演会・野球教室を開催 |
中国主席の任期撤廃、長期政権可能に トランプ氏、イラン核合意離脱表明 元徴用工訴訟、韓国最高裁が賠償命令 |
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2019 | 平成31年 | 1/7 星の散歩道 終焉 | 香港で学生らが大規模デモ アマゾンで森林火災が多発 16歳グレタさん、国連で演説 |
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令和元年 | 5/1 元号が平成から令和に 10/31 沖縄首里城焼失 |
令和 | |||
2020 | 令和2年 | コロナウイルスで東京オリンピック延期 |
コロナウイルス世界で蔓延 感染しないように注意しましょう!! |